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困難な道を歩く事も可能、ということを示す人

「第19回 井上怜奈選手の取材。」
http://www.1101.com/kariya/2006-06-29.html
ほぼ日刊イトイ新聞 -
オリンピックの女神はなぜ荒川静香に「キスを」したのか?
(発見元: ひげぽん OSとか作っちゃうかMona http://d.hatena.ne.jp/higepon/20080128/1201525167

ほとんどテレビを見ないので、井上選手には全然知らないも同然なのですが、エピソードを見て、何故、こんなにがんばれるのだ、苦しみに耐えられるのか、と考えました。

説明すると、言葉にすると、陳腐になってしまうと思ってエントリーは
一度止めました。 
ですが、私の勝手な推測になりますが、ふと思い出したのが、

「ロゴセラピー
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%82%B4%E3%82%BB%E3%83%A9%E3%83%94%E3%83%BC
 ~人の主要な関心事は
快楽を探すことでも
苦痛を軽減することでもなく、
 「人生の意味を見出すこと」 であるとする。
人生の意味を見出している人間は苦しみにも耐えることができる~

人生の目的を保持し続ける事の大事さはあえて横において、ここで少し、否定的な事を書きます。

 では、自分で人生の意味を、自分が固執してること、好きなこと、大事にしてることを設定すれば強く生きられるかと言うと、そうではないのが人生の苦しみなんでしょうか。
「自分の考えてる人生の意味」 が他からの影響を受けて設定されたものの可能性は十分有ります。
長い時間をかけて、十分に力を入れることが出来ず間違った道で挫折し、なにもかもどうでもよくなった後に、残っている自分の本質から出る欲求や、才能に気づくことになったりする・・・。

これは別の言い方をすると
可能な限り自分の本質に沿った人生の意味や目的を持っていれば、井上選手が示したように、困難な道も歩く事が出来る・・・と言えるかもしれません。
 
(文章が破綻してたらすみません)

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参考と補足:
人生の意味ですが、「人の一生は各個人に固有のものであるため、この命題の解答も、個人に固有のものであるとも考えられる。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%BA%E7%94%9F%E3%81%AE%E6%84%8F%E5%91%B3

ロゴセラピーは手法として、実存主義的(※ナワール注釈→真実でなくても、きちんと動作さえすればいい?)アプローチをとり、下記の3点を基本仮説とする。

意志の自由 -   人間は様々な条件、状況の中で自らの意志で
           態度を決める自由を持っている。決定論の否定。
意味への意志 -  人間は生きる意味を強く求める。
人生の意味 -   それぞれの人間の人生には独自の意味が存在している。

井上選手のwikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%95%E4%B8%8A%E6%80%9C%E5%A5%88
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昔から、心理学というのはおもしろいけど「こころ」を分解するばかりでまとめる方法が語られないと軽視してましたが、最近それは間違った認識のような気がしてます。


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